切っ掛けは、少女の何気ない一言だった。


気づいてしまえば、笑うしかない。




パッセージリングの耐用年数の限界によるセフィロトの暴走で、セフィロトツリーを通してかろうじて保っていた
外殻大地は、一気に崩落しようとしていた。
創世暦時代の音機関はすでに現代の技術では手の施しようがないため、崩落そのものを防ぐことは出来ない。
せめて液状化した大地を凝固させ、崩落していく大地の衝撃を最大限に減らすよう安全に降下させる。
『外殻大地降下作戦』とは、そういう作戦だ。
その任務も、もはや最終段階まで来ている。
残されている作業は、ここアブソーブゲートで全てのパッセージリングに降下命令を下すだけだ。
しかし今までの神託の盾の妨害行動を鑑みると、この先には死霊使いの智謀を以ってしても未だ総ての目的を
把握出来ていないあの男が、手厚い歓迎をしてくれると見て間違いないのだが。

現在の状態を一言で表すなら、不運。
あるいは、我々のこの状態も予想の範疇だと言うなら、大した策士だ。
途中で罠の数個は用意しているだろうと思ってはいたが。

「年寄りはもっと労って欲しいものですね……」
「なんか言いました? 大佐」
「いえ、何も」

常時なら6人(と1匹)いるパーティは、足場が突然崩落したことにより分断されてしまっていた。
他の仲間の安否は知る由もないが、こちら側に落ちてきたのは死霊使いと導師守護役の少女だけだった。
2人共特に目立った外傷もなかったのは幸いだったと言えるだろう。
こちら側には治癒術士がいないため、回復は手持ちのアイテムに頼らざるを得ないからだ。
避けられないであろう、神託の盾の主席総長との決戦を考えると、やはりアイテムは多いに越したことはない。

カツカツと、2足の軍靴の輪唱する音だけが空間にこだまする。

「なんか、2人だけってゆーのも寂しいですよねぇ」
「トクナガがいますからねぇ、2人だけという気はしませんが」
「それはそうかも……」

軽口を叩いてやれば、アニスは苦笑とともに同意した。

「にしても、わたしは大佐と一緒でついてるんですけど、ルークたちは大丈夫なのかなぁ」
「まあティアもガイも、それなりに戦い慣れていますから」
「大佐大佐、ルークとナタリアは?」
「まぁ、大丈夫でしょう。2人ともここまで生き延びてきた訳ですし」

もっとも、王族コンビだけだった場合を想定すると多少不安ではあるが。

「……なるほどねぇ、アニスちゃん解っちゃいましたよ」

何が、と問うまでもなく、アニスはしたり顔でニヤリと続けた。

「大佐はみんなのことがどうでもいい訳じゃなくて、ちゃんと信じてるんですねぇ♡」
「、……!」

不覚にも、本気で驚愕してしまった。
だがこういう時の気持ちは何と表現すれば良いのか、正直解らない。
虚を突かれたとでも言えば良いのか、とにかく妙な気分だ。
何故だか実に可笑しい。自然、込み上げてくる笑いを抑えることは出来なかった。

「……はははははっ」
「な、なになに、大佐? どしたの?」

前触れもなく笑い出したので当然だが、不審そうに顔を覗きこんでくるアニスの視線も、今はどうでも良かった。
こんなに可笑しいのは、もしかしたら人生初かもしれない。

「そうですね、そういう見方もありますね。確かにそうでもないと、いつまでも一緒に行動できないか」

────そうか、自分はこの少女達を ”信頼” していたのか。
他人に言葉にされるまで気付けなかった自分の間抜けさ加減に呆れ返る。
まったく凄い才能だ、あの仲間達は。

「大佐! なに一人で納得してるんですかぁ?」

まだ気分は酷く高揚したままだったが、アニスがぶーぶーと不満を表すので何とか笑いを堪えた。

「いえいえ、何でもありません。それより頼みましたよ?
 あなたがしっかり守ってくれないと、私が譜術を唱えられませんからねぇ、アニース♪」
「はい大佐~♡」

会話の間に眼鏡の位置を直し、その瞬間からいつもの薄い微笑を貼り付けておく。
結局何も語るつもりがないことが解っているから、アニスも追及はしない。世渡りの上手い子供だ。
これがあの赤毛の少年だったら、教えるまでしつこく食い下がる光景が手に取るように想像できる。
無論こちらに、素直に教える気など皆無なのだが。

「あ、大佐! 魔物ですっ!」

前方に敵を発見したアニスが、そちらを鋭く見据えて人形を巨大化させる。

「やれやれ……」

溜息を吐きつつ腕の表面を具現化させ、馴れた手つきで虚空から槍を取り出す。

「大佐、なんか楽しそうですね~」
「気のせいですよ」

この子供はやはり鋭い。
心の内だけで微かに苦笑するが、それを表面に出す訳は微塵もない。

「さあ、いきますよ」

譜術の詠唱を行う準備をしながら、頭の片隅で赤毛の少年達のことを思う。
────この私に信頼なんてモノをさせたのだから、死ぬなんて許しませんよ?





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