崩壊する栄光の大地に見切りを付けたように、プラネットストームの天高く昇る黄金の焔の帯。
おそらくはあれが、ローレライ。
ルークが、文字通り生命を使って地殻から解放したモノ。
────あいつは、どうなっただろうか?
無事でいてくれれば、生きていてさえくれれば、それだけでいい。
だけど、あいつはいつ消えてもおかしくない身体で、しかもヴァンとの戦いでも超振動を使って。
ただでさえ残り少ない第七音素が、どこまで残ってくれているのか。俺には判らない。
ジェイドなら知っているのかもしれないが、聞いたところで事態が変わる訳でも無いし、あるいは絶望が加速するだけかもしれない。
俺に出来たことは、とにかくあいつの無事を祈って待ち続けることだけだった。



余韻を残して





数日後、マルクト首都・グランコクマ。
世界の危機は去った。だから俺達もいつまでも一緒に居られる訳も無く、それぞれの所属する場所へと戻っていった。
ナタリアはキムラスカに、ティアとアニスはダアトに、俺とジェイドは当然マルクトに。
早速ピオニー陛下にも謁見して、事の終わりを報告した。

「ルークは……やはり帰って来なかったか」
「……はい」

落胆の色を隠そうともしない陛下に、ジェイドは静かに頷いた。

「ですが、あいつは約束したんです!必ず帰ると」
「そうか……。────そうだな」

そう言って微笑った陛下の顔は、まるで嗚咽を堪えた子供のようで。
そんな、何で無理に笑ってるような顔をするんですか?

「俺は……いや、俺達はその約束を信じています。信じてずっと待つんです!
 あいつが戻って来た時、今度こそ居場所を失わないように」

”なのに、陛下は信じないっていうんですか?”
視線でそう問うと、陛下は駄々っ子をあやす時のようなぎこちない笑みを返す。

「俺も信じていない訳じゃないんだ、ガイラルディア。俺だってルークに帰って来て欲しいさ。だが……」

そこで陛下は一旦言葉を切り、血のように紅いジェイドの目を一瞥した。
射抜くような鋭さで。

「こいつの顔を見れば────その可能性が少ないだろうってことは大体判る」
「…………」

ジェイドは無言。眼鏡の奥の瞳には感情の色が窺えない。
俺にとってそれは、陛下の言葉に同意しているのと同じことだった。

「……、それは肯定って意味か?旦那」
「否定はしませんよ」

ジェイドは相変わらず飄々とした仮面のままで、どこか作り物めいた表情だった。
それが無性に腹が立った。

「あんたっ……!!」

思わず掴み掛かりそうになるのを静止させたのは、皇帝陛下の威厳ある一言だった。

「止せ」

頭に血が上った俺を我に返させるには、そのたった一言で十分だった。
それだけの重圧が伴っていたのだ。

「喧嘩なら後でいくらでも好きにしろ。ここがどこか忘れたか?」

ここはグランコクマ宮殿、謁見の間。
この国の最高権力者にして最も求心力を持つ人物、ピオニー9世陛下のおわす場所。

"そこで騒ぎを起こしてみろ、せっかく築き上げた貴族院での僅かな地位さえ失うぞ"

陛下はそう忠告してくれているのだ。
だからその気遣いに心の中で感謝し、恭しく跪いて臣下の礼を取った。

「……申し訳ございませんでした。御前での御無礼、どうかお許し下さい」
「ジェイドは?」
「私は謝りませんよ。まあ、御前を騒がせたことに関しては責任の一端を担っていると言えますが」

皇帝陛下を相手にして、この余裕は一体どこから来るのだろうか。
幼馴染みとは恐ろしい……。

「まあいい。どうせお前はそんなことだろうと思ってたしな」

陛下の方も全く気にしていない様子で、話を続けた。

「報告は受けた。今までご苦労だったな。
 労いにたんまり休暇をやりたい所だが、悪いがお前ら二人を長期間暇を持て遊ばせておけるほど、
 我がマルクトは人材が有り余っちゃいないんだ。
 そこで妥協案として、2日ほどでどうだ」
「それこそ私達が決めることではないでしょう。陛下の一存にお任せしますよ」
「俺もです」

陛下は鷹揚に頷いて、ニッと快活に笑った。

「そうか。なら今日から2日間、ジェイド・カーティス大佐とガルディオス伯爵を賜暇とする。
 積もる話もあるだろう。酒でも酌み交わして好きにしてこい」

後半はこの人本来の、軽い口調で締め括られた。

「はっ、有り難く頂戴致します」
「ガイはお堅いですねぇ」
「あんたが軽過ぎなんだろ……」

臣下の礼を崩さぬままの俺に対し、ジェイドは皇帝陛下を前にしているとは思えないくらいの慇懃無礼さだった。

「では陛下。お言葉に甘えて、我々はそろそろ御前を失礼させて頂きますよ」
「おう。休みが終わったら死ぬほど仕事をくれてやるから、覚悟しとけよ?」
「お手柔らかにお願いします」
「そういえば、ガイラルディア。ブウサギ達がお前を恋しがってるから、後で散歩諸々宜しくな」
「は、はい……」

また俺はブウサギの世話役なのか……。
さらに数が増えてたりしたらどうしようか。
ていうか別に俺がいなくてもメイドがやってくれるだろ!
などなど心の中の葛藤を何とか押さえ付けつつ、俺達は宮殿を後にした。



そして宴もたけなわ、宮殿から少し離れた所に位置する酒場の店内。
俺とジェイドはバーのカウンターに腰掛け、陛下の言った通り溺れるように酒を飲んでいた。

「……ガイ、少し飲み過ぎでは?」
「別にいいだろ。どうせ明日も休みなんだし、未成年もいないこと、だし……ルークゥゥゥゥ~~……!」
「自分の発言で落ち込まれると、こちらの酒まで不味くなるので止めて下さい」

その言葉に何となくムっとなって、グラスに残っていた酒を一気に飲み干す。

「俺だって、落ち込みたくて落ち込んでる訳じゃないさ……」

白い果実酒の入っていたグラスが、氷を弾いてカランと音を立てた。
酒の力を借りる行為そのものが虚しさを象徴するとでもいうように。

「だがな、あいつがここにいないのは事実なんだよ。
 あんただって、ルークがいなくなって何とも思ってない訳ないだろう?」
「…………」

俺の言葉に何か思うところがあるのか、ジェイドは少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。

「……こんな話を知っていますか?
 ある所に一人の少年がいました。少年は誰かに造られた存在でした。
 少年は、自分が造られた原因の発端を作った男のことを知りました。
 男は言いました。恨んでもいいのだと。
 しかし少年は男を恨みもせず、全てを背負って何処かへ消えてしまいました。
 ……どうです、馬鹿な話でしょう?」

死霊使いの言葉は常以上に淡々と口から滑り出る。
自嘲の色を濃くして口の端を歪めたその表情は、何とも形容し難い微妙なものだった。
役者の判り切った例え話。果たして”馬鹿”がどちらを指しているのかなんて、話し手の顔を見れば了然だ。

「……あんたそれ、本気で言ってるのか」
「そうでなかったらどうだと言うんです?」

こいつは────解ってるくせに!

「ふざけるな!!」

激情が叫ぶままに、腕力に任せて相手の襟を握り潰すように引き上げる。

「俺はっ……俺は正直なところ、あんたが憎いと思ったこともある。
 あんたがあの技術さえ生み出さなければ……!」

フォミクリーさえ無ければ、ルークがあんなにも苦しむことは無かった。

「そうですね。……しかし、」
「解ってるさ!ルークはそもそも誕生さえしなかったってことくらい。
 ……あんたを責めても仕方ないってこともな」

掴んでいた軍服の襟をようやく離すと、ジェイドは無言で、しかし律儀に襟を整え始めた。

「だがな、一つだけ言わせてもらう」

先程から全く視線を合わせようとしないジェイドを睨めつける。
らしくない。全然らしくないよ、今のあんた。

「いい大人がいつまでいじけてるつもりだ?
 後悔してるんだか何だか知らないが、そんなもんは今すべきことじゃないだろ。
 あんたがそこで立ち止まってちゃ、あんたを恨まないで消えたルークは何になるってんだ!」
「────あの子を、」

ジェイドはポツリ、と何とか耳に拾えるくらいの声量で呟きだした。
それは会話ではなく、けして本音を見せようとはしない男の、小さな小さな独白だった。

「……ルークを殺したのは、私です。
 最初から答えの決まっている選択肢を押し付けて、死ねと言ったのも私です。
 何度繰り返しても学習出来ていないとは……本当に馬鹿なのは誰なんでしょうね」

ジェイドの表情は普段とさほど変わっていない。
ただ、陛下に謁見していた時まではあんなに生き生きとしていた紅い眼が、今は僅かに濁って鈍く光っている。
目に見える変化はそれだけだ。

「……あんたが何をどう思ってるのかなんて、あんたの勝手だ」

こうも鉄仮面が上手いともはや迷惑な領域でしかないことを、この男は理解しているのだろうか。

「ただ、ルークのことを少しでも想ってくれているのなら、一歩でも前に進んでくれ。
 あいつが戻ってきた時、恥ずかしくないくらいには、さ」

俺の知っているジェイド・カーティスという人間は、

「あんたは……それが出来る男だろう?」

ジェイドはほんの少しだけ目を丸くして、それから諦めたような溜息を一つ吐き出した。
しかしその横顔は、どこか楽しげにも見えた。

「……やれやれ、若者風情に説教されるとは。私もまだまだですね」
「悪かったね」
「悪いとは言ってませんよ。……借りはそのうち倍にして返して差し上げましょう。陛下の世話とかで」
「嫌がらせかっ!!」

ていうか陛下の世話って何だ。ブウサギならともかく。

「使用人根性も未だに抜けてないみたいですし、案外貴族なんかよりよっぽど適職なんじゃないですか?」
「ぐっ……」

否定したいところだが、今の自分の状況を考えると否定しきれないのが悲しい現実だ。

「ま、あんたはそうやって皮肉ってるのが一番しっくりくるよ。むしろ柄にも無く落ち込んでる方が気持ちわr」
「……ガーイ? そんなに譜術を喰らいたいんですか?」
「わ、分かった!俺が悪かった!」
「まあそう言わずに。サービスでとっておきの譜術にして差し上げますよ。
 ミスティック・ケージかインディグネイションかメテオスォームか、どれでもお好きなものを選んで下さい♪
 あ、もしかして全部ですか? ガイは我がままですねぇ」
「どれも嫌だ!つーか勝手に話を進めるな……ってちょっと本気で詠唱始めてるしこのおっさん!!」

結局、復活したら復活したで厄介なのだ、この男は。





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