Hello, my "bad" friend.




「お前さ。いつもぶすーっとした顔して、人生楽しいか?」

後にピオニー・ウパラ・マルクト九世を名乗る少年(要するにまだ殿下)の問いは、唐突にやってきた。

「……そっちこそ何なんだ、藪から棒に」

問われた少年────ジェイド・バルフォアはひとまずそれには答えず、代わりにうんざりしたような
仏頂面を相手に向けた。
そもそもこいつの話題の振り方ときたら脈絡や文脈を全く無視するのが定例なので、不本意ながら
慣れてきた面もある。

「いや、特に深い意味はない。何となくだ」
「……何となく、ねぇ」
「そうだ。何となく。……だからってテキトーに答えんなよ?」
「随分と自分勝手な理屈だな。質問側がそもそも”テキトー”なくせに」

ピオニーは図星を指されて「うっ」と呻いたが、持ち前の明るさですぐに持ち直す。

「し、仕方ないだろ。何となくは何となくなんだよっ」
「開き直ったな」
「俺のことはいいんだよ。ぐだぐだ言ってないでさっさと質問に答えろ!」
「はいはい……」

面倒な奴だな、と思いながらもジェイドは質問に対する答えを考え始めた。

ぶすっとした顔して────生憎生まれつきだ。
人生楽しいか?────余計なお世話だ。

見事に皮肉しか出てこないことに関しては、別に何とも思わなかった。
物心着いた時からこういう考え方をしていたし、ピオニーに対しても日常的に使っているからだ。
だからこそ、ジェイドは以前から不審に思っていた。

(……何故、こいつは僕から離れようとしないのだろう)

自分が、いわゆる”可愛くない”子供だというのは自覚している。
客観的に見て、自身の能力や他者への認識は、まあ、おおむね異常であるのだろう。
ごく稀に、どんなに酷い扱いをしても自分に付いて来る馬鹿も居るには居るが。

(────あいつの精神は本当に理解不能だ。理解したいとも思わないが)

大抵の人間は、異常を嫌い、異質を排除し、異物を隔離しようとするものだ。
事実、周囲が自分のことをどう認識しているかは自然、何気ない視線や仕草にこそ現れる。
まして血の繋がった妹にさえ”悪魔”と罵られたほどだから、その異常さは推して知るべし。

それなのに。

「……答える前に、僕からも一つ質問がある」
「おう。なんだなんだ」
「ピオニー。お前、何で僕と一緒に居るんだ?」
「はあ?」

会話を再開してから終えるまで、ピオニーの顔を観察してみた。
どんな質問が来るのかと目を輝かせていたと思ったら、今度はきょとんと目を丸くした。
ピオニーの表情はくるくると万華鏡を回すように変化するので、見ていて飽きない。

(ああ、こういうのが ”健全な” 子供の姿なんだろうな)

自嘲の意はなく、ごく自然とそう思った。
ピオニーはその後、にらめっこでもするような距離までその顔を近づけてきて、無遠慮に人の顔を眺め始めた。

「…………」
「…………」

一体何なんだと思いつつも、こちらから視線を外すのは何だか負けたような気がして(何に!)、
ジェイドは半ば意地で、無言のままピオニーと顔を突き合わせ続けた。

────ようやくピオニーが再び口を開いたのは、それから5分ほど経過した頃だった。

「うーん。やっぱ ”楽しい” だな」
「はあ?」

今度はこちらが首を傾げる番だった。

「だから、楽しいから。お前と一緒に居る理由」
「……、もう少し具体性を持たせた発言をしてくれないか」
「お前ってなんか変わってんじゃん。最初はそこらへんに興味惹かれたんだけど」
「最初?」
「ああ。でもさ、人間味薄そうに思えて、意外と素直じゃなかったり、意地っ張りだったりするんだよな」

ピオニーはやけに誇らしげに、にかっと爽快な笑顔を浮かべた。

「こいつも理解出来る範囲の人間なんだって気付いたら、お前と居るのがもっと面白くなった」
「僕のことを────理解、出来る?」

もし目の前に鏡があるのなら、極めて間抜けな顔が映っているに違いないと思う。
だって、そんな言葉は家族にすら言われたことがない。
さすがに表立って忌み嫌われたりはしなかったが、奥底にあるのはいつだって拒絶に分類される感情だ。
粘り気と湿気を多分に帯びた、 ”理解出来ない生き物” を見る視線。
それに対して特に感情を荒げることはなかった。人間とはそういうものだと納得出来ていたから。

では────目の前のこいつは一体、何だというのか。

(前から変な奴だとは思っていたが……先生といいサフィールといい、どういう精神構造をしているんだ?)

初めてこの自分が手玉に取られた大人、ネビリム先生。
どんなに無碍な扱いをしても付いて来るのを止めない、サフィール。
そして皇子のくせに人一倍行動力があって僕のペースを乱してくる、ピオニー。
彼らはみな僕を恐れない。こっちが離れようとしても勝手に関わってくる、どいつもこいつも物好きだ。

(……こんな ”人間” 、僕は知らない)

これでは、私塾の面々の中で”まとも”なのはネフリーくらいになってしまうじゃないか。
……なんて、滑稽にもほどがある。

「そりゃあ多少は変な奴だって思う。ネフリーが影でお前のこと怖がってるのも解らんでもない。
 でも、それがどうした?一緒に居た方が楽しいって気持ちの方が上なら、そんなの関係ないだろ」
「関係ない……か」
「おう。関係ない!」

一切の反論を許さず断言してしまうその堂々とした姿に、彼が皇帝となった未来が見えるようだった。
……素直に認めるのは癪なので、口では絶対に言わないが。

「馬鹿か。全然説得力がないぞ。そんな感情論で僕が納得すると思うか?」
「しないだろうな。だが、今の俺にはこれ以上のことは言えないんで、これで勘弁してくれ。
 ……で、結局、俺の質問の答えは?」
「…………(ちっ)」
「今舌打ちしただろ聴こえてんだぞコラっ!」

ジェイドは悪びれもせず、フンと小さく鼻を鳴らした。
ピオニーも腐っても王族の一員、さすがにこんな問答で誤魔化されはしなかった。
さて、何と答えようか。

「……そうだな。まあ、楽しくないわけじゃない」
「相変わらず回りくどい言い方だな……。俺やサフィールと一緒に居るから楽しーんだよなあ、ジェイドは?」
「誰が。後者は特に除外してくれ。あと、僕の関心は今のところ第七音素だけだ」
「ネビリム先生の私塾に通ってるのもそれが目的ってか? ……でも、それだけじゃないだろ」
「それだけさ」

ほぼ全ての属性の譜術を操れる自分でも、第七音素だけはその素養がない。
その点において第七音譜術士であるネビリム先生は尊敬に値するし、
私塾に通っているのだって、素養の無い人間が第七音素を操るための術を得る研究の場としてだ。
他のことは暇潰しついでに過ぎない。

(……そのはずだろ、僕?)

その問いに応えたのは図らずも内心の声ではなく、絶妙なタイミングで口を開いたピオニーだった。

「いいや違うね。たぶん、自分でも気付いてないだけだ」
「……何に?」
「それを俺が教えてやっちゃあ興醒めだろ。悔しかったら自分で気付け!」
「……。……。……」

ピオニーの意味不明なまでの自信満々さが少し(実を言えばかなり)神経を逆撫でしたので、
ジェイドはせめてもの反撃に出た。

「僕と居ること、いつか後悔するぞ。────もっとも、その頃にはすでに過去形かもしれないが」
「失礼な、過去形になんぞならねぇっての。もちろん現在形も進行形も完了形もなしだ」
「どうかな」
「自分で選んだことを後悔する訳ないだろうが、この俺が。
 ……たとえこの先、お前と居たせいで取り返しのつかないことが起こったとしてもな」
「…………」
「それが選択するってことだと、俺は思ってる。違うか?」

(……違わないさ)
違わないとも。

「、本当に頑固な奴だな」

だからこそ僕と居るべきではないと言っているのに、とジェイドは呆れた。
仮にも未来の皇帝候補が、自ら危険分子を招き寄せてどうするんだか。

「……なんだ。笑えるじゃん」
「は?」
「今、笑ってたぜ、お前。────ああっ!指摘したとたん引っ込めんなよっ、もったいない!」
「いや、そんなこと言われても」

(笑ってる)
────誰が?
(僕が)
────本当に?
(知るか。鏡でも見なきゃ判るか!)
────大体、もったいないってなんだ。

ジェイドの内心の混乱も知らずに、ピオニーはやはり変わらず満面の笑顔だった。

「本音を言うと、俺はちょっとばかし安心したぞ、ジェイド。笑えるなら、人間まだまだ大丈夫だ」
「……さて、それはどうかな」

少なくともジェイド自身は、自分が ”まとも” の一員になれるとは露ほども考えていない。
だが、こいつが言うと本当にそうなりそうな気がする、なんて馬鹿馬鹿しいことも思えてしまうのが
ピオニーの魅力なのかもしれない。

「なんだ、照れてんのか?」
「勝手に決めるな。僕はお前のそういうところが嫌いだ」
「俺はお前のそういうとこ、嫌いじゃないけどな」
「……口が減らない奴には、別の手段で解らせないと駄目か」
「うわ、ちょっ、譜術は卑怯だろ!!」
「大丈夫だ。殺しはしない」
「馬鹿、それは ”大丈夫” の基準を満たしてねえよ!」

十数年後、世界が認める皇帝の懐刀として仕えていることなど、この時のジェイドは想像もしていなかった。





未来の彼ら曰く。

「しかしまぁ、嫌な予感はしてたんですよねぇ、色々と……」
「俺は”嫌な”予感じゃなかったけどな」
「相変わらず口が減りませんね、貴方は。思い出に埋没したいのは解りましたから仕事して下さい」
「ふふん。お前も相変わらず素直じゃないな」
「……おや、あれは。フリングス将軍ー!お探しの陛下はこちらですよー!」
「うげっ、アスラン!……ジェイド!てめ、俺を売りやがったな!」
「生憎、何のことだかさっぱり。────ささ、とっとと連行しちゃって下さい、将軍♪」

……二人の関係自体は、あまり変わっていないのかもしれない。




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