夜更けメランコリー




野宿のため、灯りは最小限にしてあった。熱と光に誘われた魔物に襲われることを防ぐためだ。
僅かな焚き火のそばで見張り番をしている男、ジェイド・カーティスは、この上なく不機嫌だった。
師を死に追いやった瞬間と似た感覚────屈辱的なまでの、己への無力感を噛み締めていたからだった。

「…………」

弱弱しく火を灯す焚き火でさえ、この瞬間も命を削って生きている子供に重なって見えて。
朝にはその源を消される灯火。聖なる焔も、ひょっとしたら朝を迎えるまでに────

「はあ…………」

そこまで考えて、ジェイドは暗い思考を打ち消すように長い溜息を吐いた。
全く、重症にもほどがある。

理由はとうに理解していた。

”空って、綺麗だよな”

あの子供が、あんなことを言うから。あんな顔で微笑うから。
その美しい世界を守ったことと引き換えに、近い将来自らが消滅してしまうというのに。
恨むどころか少しでも長く愛でようとするその姿に、ジェイドはたまらなくなる。
自分は何と無力なのだろうかと。すべて己の蒔いた種のくせに。

「……旦那。交代の時間だぜ」

控え目な声と気配に振り返れば、ガイがなるべく音を立てないような動作でこちらへ近付いて来ていた。
皆を起こさないようにとの配慮は、マメな彼らしい。

「……今晩は私がお引き受けしますよ。貸しにしておくのでいつか倍返しして下さいね♡」

特別出血大サービスだ。陛下が聞いたら「明日は槍が降る」だのなんだの言って不気味がるに違いない。
どの道、今夜は眠ろうとしても眠れまい。

「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて、と」

言葉とは裏腹に、ガイはジェイドのすぐ左の空間に腰を下ろした。

「……私の聴覚が正常なら、私の言葉に甘えると言いませんでしたか?」
「ああ、そのつもりだよ。”見張り”はあんたに任せるさ」

では何のためにここへ来たのか。
その理由は、ジェイドが推察するよりも早く、ガイ自身の口から語られた。

「ちょっと話があってね。見張りついでに付き合ってくれないか?」
「内容によりますね」
「こりゃ手厳しい。旦那のそのイラつきとも関係ある話だと思うんだがな」

ジェイドは今更ながらしまったと思った。
誰も見ていないと思って、感情を表に出し過ぎたようだ。

「いつもポーカーフェイスのあんたにしちゃ、珍しいくらいに顔に出てたぜ?」

これでも表情はいつも通りにしていたつもりだったのだが、自覚が足りなかったらしい。

「……で、どうかしたのか?」
「遺憾ながら悩み多き人生を送っているものでして。ただの考え事です、ご心配なく」
「……あんたの心配というよりは、あんたの秘密主義がこれから先に災いするのが心配なんだが」
「ほう。言いますねぇ」
「自分のことは自分が一番よく解ってるだろ?」
「……あなたこそ、今日は妙に突っかかってくるじゃありませんか。何か問題でも?」

ジェイドが聞き返すと、それまでからかうようにニヤリと笑っていたガイが、一転して真剣な表情になる。

「単刀直入に言う。……あんた、気付いてるだろ。ルークのこと」
「さて。具体的に言って頂かないと、何のことやら」
「────俺は見たんだ。あいつの顔が透けるところを」

……気付いてしまったか。
気付かれたくない相手にばかり気付かれてしまう彼を、ジェイドは少し不憫に思った。
真っ先に気付いてしまった自分がその対象に入っているかは知らないが。

「……ほんの一瞬だったし、あいつ自身は気付いていないようだったが、絶対何かある。
 原因はレムの塔の一件じゃないのか」

疑問ではなく、確認の問い。ガイの中ではすでに確信があるのだろう。
……それならば、いっそ。

「……。たまたま透けたのが顔だったから、気付かなかっただけでは?」
「それ…は、つまり……」
「この際はっきり言いましょう。……彼は誰よりも自分の異変を理解していますよ」
「……っ!」

驚きと困惑で顔を歪ませるガイに追い打ちを掛けるように、ジェイドは言葉を続ける。

「その上で、貴方を含む仲間達には心配されたくないと願っている」
「……あの、馬鹿。俺には他に何も出来ないってのに……心配のひとつもさせちゃくれないのか?」

俯いたガイの横顔からは、微かに苛立ちが混じった哀しみの色が見える。
それはおそらく、善意からくる感情なのだろう。
その善意が彼をより一層苦しめてしまうということを、目の前の青年は気付いていない。

「……。本当にそう思っているなら、貴方は存外、自分のことを理解していないと見える」
「どういう意味だ」
「彼にとって、仲間というものは傍に在るだけで価値のあるものだということです」

本来なら、その願いにはもう一つの側面が存在するのだが────この場で言うのも野暮だろう。
知ってもどうしようもないことだ。

「……あんた、意外にお節介だったんだな」
「まあ、私にも色々あるんですよ」
「はいはい、ソウデスカ」

少なくともこれで、ガイが表だって彼を心配する姿を見せることはないだろう。
彼の心労が増えることは好ましくない。だから、これでいい。

「さて、では後は任せます」

ジェイドはおもむろに立ちあがると、にっこりと言った。

「おいおい、見張りはどうしたよ」
「気が変わりました。老体に睡眠不足は天敵なもので」
「……このオッサンは……。まあいいさ。元々そういう予定だったんだから」
「物分かりの良い男はモテますよー。あなたの場合は幸か不幸か判りませんが」
「うっ……とっとと寝ろよこの陰険鬼畜眼鏡!」
「ええ、そうします」

呆れたようなジト目を背に受けながら、少しだけ晴れやかな気分で、ジェイドは皆が眠るテントへと向かった。





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