高級感漂う店内では、これまた札束を油紙代わりに使っていそうな紳士淑女がそれぞれ席に着き、
思い思いの会食を行っていた。
そんな中、年齢的に少々場違いに見える若い男女が一組、窓際のテーブルに座っていた。
一人は銀髪の、物腰の柔らかそうな男性。
もう一人は金髪の、芯の強そうな美貌を秘めた女性であった。



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左手に視線を向ければ、グランコクマの誇る壮大な滝がライトアップされている光景が窓ガラス越しに見える。
しかし、いかに美しい景色であろうと、心に余裕が無ければ楽しめるのものではない。
何しろ目の前に居るのは、敵国の将軍にして最愛の女性。
ナイフとフォークを握る姿さえも優雅で、そういうことを考え出すとキリが無い上に、さらに鼓動のテンポは
命令してもいないのにひとりでに上がっていく。
意識の中は、とあるワンフレーズがぐるぐる永遠と駆け巡っていた。

(セシル将軍とデートセシル将軍とデートセシル将軍とデートセシル将軍とデートセシル将軍とデート……)

ガシャーンッ

あまりの緊張に手が震え、その弾みで右手に持っていたナイフを床に落としてしまった。

「すっ、すいません! つい緊張してしまって……」
「いや、構わない」

そう言いながらもくすくすと笑うセシル将軍を見て、思わず自分が情けなくなって顔を逸らす。
そもそも、セシル将軍と何故こんな所で食事をしているのかと言えば、それはあの人の一言から始まったのだ。



『今日、セシル将軍がグランコクマへいらしてるそうですよ』
『え、そっ、それは本当なんですかカーティス大佐!?』
『貴方に嘘を吐いて、私に何かメリットがあるとでも?』
『いえ、疑う訳ではありませんが……』
『私が言うと何となく胡散臭い、と?』
『い、いえっ、決してそのようなことは……!』
『実直なのは貴方の美徳ですが、あまり過ぎると身を滅ぼすかもしれませんねぇ?』
『……き、肝に銘じます』
『それはそうと、デートにでも誘ったらどうですか?』
『で、デートって……セシル将軍をですか!? 別に、私達はそういう関係では……』
『ああ、そういう問答は時間の無駄なので結構です』
『……本当に何でもご存知ですね、あなたは』
『それほどでも。で、どうするんです?』
『そう言われましても……その、いきなり押しかけても彼女も迷惑するでしょうし……』
『あーもうジェイドはいちいちまどろっこしいんだよ!』
『へ、陛下!?』
『やっぱり影から盗み聞きしてましたか』
『人聞きの悪い言い方は止せ。俺はただ、公務サボって宮殿を散歩してたら、お前らの話が聞こえただけだ』
『……違いが解りませんが』
『(無視)おいアスラン! 面倒だから、今すぐセシル将軍誘って来い! 皇室御用達のレストラン紹介してやるから』
『い、今からですか!?』
『これは皇帝命令だ。いいからとっとと行け!』
『は、はいっ!』



……で、現在に至ると言う訳だ。
セシル将軍に少しは良い所を見せたいとは思うのだが、意思とは反比例して身体は思うように動いてくれない。
おかげでナイフは落とす、口はどもる……何と情けないことか。
(……ひょっとして、意識してるのは私だけなのだろうか?)
だとしたら、彼女の目からはさぞ滑稽に見えることだろう。

「あ、いや。別に貴公の振舞いを見て笑っているのではなくて……」

彼女の声で、意識がハッと現実に戻される。
こちらの落ち込みようにフォローしようというのか、苦笑しながら彼女は首を振った。

「……ただ、久しぶりだなと思っただけで。こんな穏やかな時間は……」

在りし日を夢見るような遠い眼差しで、ここではないどこかを見ながら彼女は呟く。

そういえば、彼女は元は貴族の出と聞いたことがある。
彼女が軍人になったのは、没落し掛けたセシル家を復興させるためなのだと。
何一つ穢れの無かったお嬢様が、戦場を駆け、身体を血と硝煙の匂いに染めるだなんて────

一体、その細い身体にどれだけの決意を背負っているのだろう、この女性は。

「……辛くはありませんでしたか?」
「え?」
「その……軍人になって、見たくないものも見たでしょう。色々と……」

するとセシル将軍は、凛とした面持ちで顔を上げた。

「……それも覚悟の上で、私は軍に所属する身だ」

だから泣き言を言う資格などないのだと、彼女は悲壮なまでに己を律していた。
────だったら。

「せめてどうか、私には言って下さいませんか。貴女の悲しみも、戸惑いも、苦しみも」

だったら、私が受け止めてみせる。

彼女は一瞬、魂が抜けたようにぽかんとこちらを見つめて、

「……あ、ありがとう……」

妙に気恥ずかしそうに、ぽつりと呟いた。
頬をほんのり赤く染めて俯く彼女は、やはりこの上なく美しかった。



楽しい時間というものは早く流れるもので、あっという間に別れの時が来てしまった。

「あ、あの……っ、セシル将軍!」
「何か?」
「き、今日は、その……楽しんで頂けましたか?」
「ああ。気遣い、痛み入る」

そして彼女は、出会って以来初めて見る健やかな微笑みを浮かべ、

「それと……私のことは、ジョゼットで結構だ」

同時に、頬に柔らかい感触ひとつ。

「私も、また貴公に会える日を楽しみにしている。アスラン」

では、失礼する。
そう言い残し、軍人らしくすらりと背筋の伸びた彼女の後ろ姿は、颯爽と人込みの中に消えていった。

『アスラン』

(セシル将軍がアスランってセシル将軍がいやじょジョジョゼットが私のことをアスランって!!)

壁に頭を打ち付けでもすれば収まるだろうか、この心臓の音は。





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