思えば、久しぶりの宿屋だった。
窓から降る柔らかな陽光に包まれながら、ルークは一人ベッドに寝転んで日記帳を開く。
ぱらぱらとめくっていくと、やがて最新のページが現れた。
早速ペンを手に取り、素直な思いを書き留め始める。
『今日、空がとても青かった。
当たり前のことかもしれないけど、瘴気を消して初めて、そのことに気が付いた。
俺って、たぶん、相当馬鹿だ。
たとえば、道端に咲いてる小さな花だとか、思いっきり空気を吸った後の気持ち良さだとか。
いつ消えるか分からないような身体になって、気付いたことがこんなにあるなんて。
今日も一日を無事に過ごして、特に実感したのは、仲間のことだった。
ティアにお説教されたり、ジェイドにからかわれたり、アニスがそれに便乗したり、ガイが苦笑いで仲裁したり、
ナタリアが天然だったり、ミュウが後ろを付いてきたり。
それが、俺達のいつもの風景。
俺にとって、何よりも何よりも、大切なもの。
この瞬間が永遠に続けばいいのにって、本気で思った』
「……馬鹿だよなぁ、俺」
そこまで日記帳にペンを走らせてから、思う。
────もうすぐ俺は消えるのに。
自嘲的な苦笑を浮かべると同時、控えめなノックの音に続いて、鈴のような声が扉の向こうから届いた。
「ルーク。買出しに行くんだけど、一緒にどうかしら?」
ルークは返事をしなきゃ、と咄嗟に日記帳を閉じようとして、
「、あ。」
ビリッと景気の良い音を立てて、たった今まで書いていたページが一部を残して破れてしまった。
「……ルーク?もしかして寝てるの?」
返事が無いことを訝しんだ彼女が、再度呼びかけてくる。
「────うん、今行く!」
「そう。じゃあ、宿の入り口で待ってるから」
そうして扉の前から、彼女の気配が去っていった。
さて、と気を取り直して、ルークは改めて日記帳を手に取る。
「……ま、破けちまったもんは、しょうがないよな」
破れたページをぞんざいに丸め、そのまま屑箱に放り投げる。
ゴミと化した憐れな残骸は、放物線を描いて綺麗に箱に吸い込まれた。
それを横目で確認し、
「よし、行くか」
日記帳を道具袋にそっとしまうと、ルークは彼女の元へと向かうための扉を開けた。