「お前って、キレイな声してるよなー」
私は神託の盾騎士団情報部第一小隊所属、ティア・グランツ。
音律士である私は譜歌を武器としているから、自慢ではないけれど歌声を誉められたことは何度もある。
でも、まさかこの傲慢を絵に描いたようなお坊ちゃまにそんなことを言われるとは、思いもしなかった。
「……な、何? 突然そんなこと……」
しまった。動揺が態度にまで現れている。
そもそも今日の見張り当番は私で、ルークはいつもならさっさと寝入っているはずなのに、
どうしてこんな所にいるのだろう?
……ああ、もう。
とりあえず、落ち着かなければ。
もしここにリグレット教官がいたら、「兵士たるもの、いつ何時も冷静に」と注意されていたところだ。
「ほら、さっきの戦闘でも歌ってたじゃん。えーと……」
「譜歌よ」
「な……何いきなりキレてんだよ……?」
落ち着こうとして感情を消した結果、怒っているように見えたらしい。
確かに彼にはいつもよく「無愛想」と言われているけれど。
「別に怒ってないわ。それより譜歌がどうしたの?」
「お……、おう。何か聴き覚えあるなーってずっと思ってたんだけど、思い出したんだよ」
「何を?」
尋ねると、彼は何故か自慢げに笑った。
「師匠だよ! ヴァン師匠が、子守唄で歌ってくれてたんだ」
「……兄さんが?」
確かに昔は、兄さんが私にも子守唄として譜歌を歌ってくれていた時があった。
兄さんの優しさが滲み出るような、柔らかい歌声が大好きだった。
「俺がまだガキの頃だ。例の変な頭痛のせいで眠れない夜に、師匠が一度だけ歌ってくれたんだ。
あの時のヴァン師匠も歌上手かったなー!」
彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。本当に兄さんのことが好きなんだな、と思う。
「……そうね。私も子供の頃は、兄さんがよく歌ってくれていたわ」
在りし日に思いをはせる。
あの頃の兄さんは、優しくて力強くて、私の憧れだった。
でも今は、兄さんが何を考えているかが解らない……。
「あ、あのさ……」
思ったことをすぐ口に出す彼にしては珍しく、戸惑いがちにルークが口を開いた。
「何? 言いたいことがあるなら、はっきり言った方が良いわよ?」
一応、今度は無愛想にならないように柔らかく言ってみた(つもりではある)。
これでも、何か言う度「無愛想」だの「冷血女」だの言われれば、私だって少しは傷つくんだから。
「……歌、歌ってくれねぇ?」
何故か今は、照れながらぼそぼそと喋る彼。
珍しいこともあるものだ。いつもはあんなに不遜なくせに。
「え? 聞こえないわ、もう少し大きな声で……」
「だから、歌だよ!譜歌ってヤツ!」
やはり慣れない態度に限界が来たのだろう、彼は半ば逆ギレ気味になって叫んだ。
……ああ、なるほど。そういうことか。
「……眠れないの?」
「だっ、誰が! 別にそんなんじゃねーよ!」
……どうやら図星らしい。
顔を真っ赤にして否定する彼が、妙に子供っぽくて微笑ましく感じる。
「……まあいいわ。歌ってあげる」
「……おう」
深く息を吸って、意識を集中する。
全身のフォンスロットで音素を感じ、旋律を風に乗せて響かせる。
「トゥエ レイ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ……」
歌った譜歌はユリアの第一譜歌。聴く者に強制的な眠りを与える歌。
だから当然、譜歌を歌い終わる頃には、彼は隣で眠りこけていた。
「あ、このままじゃ風邪引いてしまうわね……」
毛布を一枚持ってきて、そっと掛けておいた。
今が寒い季節ではないとはいえ、彼の格好で(つまりお腹を出して)寝るのは、さすがに冷えるだろう。
彼は安らかな顔で寝ているようなので、少しほっとした。
彼が譜歌を歌ってくれと頼んだ理由は、訊かなくても十分想像がついた。
今日の戦闘では運悪く神託の盾と出くわし、彼はまた人を斬った。
人を殺すということは、その人の可能性を奪うということ。
躊躇していれば、こちらがそうなる。殺られる前に殺らなければ。
彼は一度はそれに納得したようだったけど、人を斬った夜はいつも魘されていた。
怖いのだろう。それも当然だけれど。
彼は温室育ちで、人間どころか魔物と戦ったのも、私とタタル渓谷に飛ばされた時が初めてだったのだから。
「おやすみなさい、ルーク……」
だからお願いです、始祖ユリア。
せめて今夜だけは。
悪夢も何も見ることのない、静かな眠りを与えたまえ────
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