Fields of Hope 後編




「気が付いたらタタル渓谷にいて、うたが……ティアの譜歌が聞こえた。
 その時初めて、あぁ、戻ってきたんだなって実感したんだ」
「そうだったの……」

あの時歌った大譜歌。願いも、祈りも、持てる想いと譜力も全てルークへ届くようにと注いだ。

“どうかルークが還って来ますように”
“約束が果たされますように”

そして祈りは届き、ルークは私たちの元に帰ってきた。

でも、もう消えないって保証はあるの────?

「ティア?」
「え、あ……、ごめんなさい」

嫌な不安を振り払うように頭を振るが、一向に消えてくれない。
ルークがまた居なくなるなんて、そんなこと考えたくもないのに!
とにかく落ち着かなければ。

「大譜歌歌ったせいで、疲れてるんじゃないか……?」
「わ、私は平気よ。……それより、訊きたいことがあるの」
「ん、何?」

何でもないような顔で訊き返すルーク。でも、油断は出来ない。
普段は子供なくせに、辛い時ほどそういう顔をするのが上手いんだから。

「本当に、もう大丈夫なのよね?音素乖離で消えたりなんてしないわよね……っ?」

お願いだから、うんって言って。
私の前から消えないで。

「……そっか。ごめんな」
「え……?」

ごめんって、まさか────!

「ティアにそんな心配かけてたなんて思わなかった。大丈夫、俺はもう消えないよ」
「………………か
」 「へ?」
「ばかっっ!!」

訳が解らずにこちらをきょとんと見つめているルークはひとまず無視する。
今は感情の奔流が溢れ出して止まらなくて、そんなことに構っていられない。

「消えないならそうと、何でもっとはっきり言ってくれないの!
 そんな紛らわしい言い方するから余計に混乱を招くことになるのよ!
 大体っ……」

そこまで一息で言ったので流石に酸素がなくなって、ぜえはあと息を整えながら最後に一言。

「大体……私がどれだけ心配したか解ってる……?」
「……ごめん」

申し訳なさそうにうなだれるルーク。

「あ~あ、まーたティア泣かせてるよルークってば~」
「まぁ、ルークったら見損ないましたわよ!」
「いやぁ、若いって良いですねぇ」
「あんたも見た目は十分若いだろうに……」

こそこそと扉を隔ててそんな会話がなされていたが、部屋の中までは届かなかった。

「あなたって、ほんっとうに馬鹿ね」
「……そんなにばかばか言うなよ」

落ち込んでいるらしいルークを見て、少し言いすぎたかと反省する
。 しかしまだ言うべきことが残っているので、謝罪は後回しだ。

「だから、あなたみたいな馬鹿は私くらいにしか面倒見切れないわ」
「……っ、ティア!」
「る、ルーク!?」

急にがばっと抱きつかれ、身動きが取れなくなる。
さすがにそこまで予想していなかったので、頭が冷静さを失いかけている。
おそらく今、私の顔は林檎のように真っ赤に違いない。

「俺さ、変なこと言うけど、嬉しいんだ。ティアがこうやってここにいて、泣いてくれて、怒ってくれるのがさ」
「ばかね、それはこっちの科白。……本当に、夢みたいだわ」

でも、ルークがここにいるのも、抱きしめられている感触も、全部ぜんぶ現実だ。
これほど嬉しいことがあっていいのだろうか?
そんな思いを知ってか知らずか、さらに予想もしなかった言葉が彼の口から飛び出した。

「夢ついでに、俺の幻聴じゃなかったら……ティア」
「……なに?」
「俺も好きだよ」

ぼん。
そんな間抜けな音を立てながら、これ以上ないくらいに耳まで顔が熱くなるのを感じた。

「きっ、聞こえてたの!?」
「風で聞き取りにくかったけど、ちゃんと届いたよ。……はぁ、やっと言えた!」
「あ……、あんなの正式なものじゃないわ!もっとちゃんとした……」
「じゃあ、『正式』に言ってくれるか?」
「う……」

あの時はとっさに言葉が滑り出ただけなので、改めて言うとなるととても緊張する。
でも、状況はあの時と今とは全然違う。
もうそれはルークを世界に繋ぎとめるための言葉じゃない。
だって、彼は帰ってきたのだから。もう躊躇なんてしなくて良いのだ。
だからいい加減覚悟を決めなさい、ティア・グランツ!
まずは大きく深呼吸。心臓の鼓動音はそれでもどくどくと煩かったが、無視だ。
とてつもなく恥ずかしかったので、ルークの顔は直視できなかった。

「ルーク……す、すき……です」

あぁ、どもった上に最後は何だかアリエッタのような口調だし。……最悪だ。
しかしルークはそんなこと気にした風はなく、純粋に喜んでいた。

「俺も。だいすきだ!」

そういう子供のようなところは(実際彼は子供なのだが)変わっていないのか、彼は満面の笑顔で
とてもとても嬉しそうに微笑った。

しばし二人とも言葉もなくそのままの体勢だったが、居心地の悪さなんてものは皆無だった。
ただ今は、この温もりを感じていたかった。
しかし────

「もぉ、見てらんないっつーの!」

その緩やかな静寂は長くは続かず、ツインテールの少女によって脆くも崩れ去った。
すっかり扉の向こうの存在を忘れていたので、私とルークは一瞬でパッと距離を置いた。
……ちょっとだけ、勿体無かったかも。

「ちょっとルーク、男ならキスくらいしなさいよね~!!」
「キ……!あ、アニス!はしたない発言はお止めなさい!」
「だって、大佐もそう思いますよねぇ?」
「そうですね。私としては、ヘタレなルークがよくぞここまで積極的に出来たことを評価するべきだと思いますよ」
「旦那、それ誉めてんのか貶してんのかどっちなんだ?」
「もちろん誉めてるに決まってるじゃないですか♡」

アニスに続いて、他の仲間達も次々に押し寄せてきた。
先程までのムードはどこへやら、何だか収拾が付かない状況になりつつある。
私はルークの耳元に近づき、そっと小さく呟いた。

「あなたが約束を守ってくれたように、私も守るから」
「え、何か言ったか?」

さすがにみんなの前では堂々と言えないので、声量を極限まで抑えたのが悪かったらしい。

「……何でもないわ」

ここは、そういうことにしておこう。
別に今でなくても、今の私達にはたっぷりと時間があるのだから。

“あなたをずっと見ているわ”

だから、これからもずっと傍にいてね。





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