「……まだ、信じているんだな。君は」
「ええ。貴方は、馬鹿げていると嗤うかしら?」

未だ果たされない約束を、いつまでも大切に抱きかかえている私を。


センテッドゼラニウム、ほらまた散った




この、獅子のたてがみのような金髪をたたえた青年と再会したのは、偶然だった。
彼の足跡を辿るうち、何となく足がこの清麗の首都に向いただけ。
立ち話もなんだからと屋敷に案内しようとするのを丁重に断って、そのままお互いの近況などを話し、今に至る。

「……いいや」

もちろん嘲笑する訳は無く、青年は少しの沈黙の後、首を振った。

「俺はもう、認めてしまったから。いや────認めるしかなかったのか」
「どちらにしろ、決めるのは貴方自身よ」

生真面目にそう言うと、はは、君は相変わらずだなとあの頃のように、青年は小さく苦笑する。

「ある意味、俺は君が羨ましいよ」

苦笑には、僅かな悔いが含まれていた。

「俺には結局、あいつを信じ続けるだけの強さが足りなかったんだから」
「……貴方が弱い訳ではないわ、ガイ。もちろん私が強い訳でもない」

私はただ、願わずにはいられないだけ。いつかいつか、あのひとが帰ってくることを。
欲しいのは、綺麗なドレスでも、高価な宝石でも、かぼちゃの馬車でもない、たったひとりの存在。

「皆、前を向いて、自分の道を歩いている。なら、私ひとりくらい深海に留まっているのも悪くないと思わない?」

もう一人の彼は彼女の元へ帰ってきたけれど、だからこそ、私は。
月日が流れてそしていつか忘れてしまうなんて、そんなの御免だ。

「……、君が、そう決めたのなら」

青年は一瞬口をつぐんで、押し殺すように別の言葉を吐き出した。
気遣うような眼差しに微笑みひとつ返し、胸に微かな痛みを覚える。
優しい光を映す蒼い瞳は、懐かしさと共に輝かしいあの頃の記憶を揺り起こす。
意味の無いようでいて価値在る時間、その何と鮮やかだったことか!

色褪せない記憶は、戒めのように退屈な未来を揺さ振る。
この白黒の世界に色が戻るのは、明日か、一年後か、それとも十年後?



水の街に架かる橋からは、彼が溶けたような夕日が水平線に飲み込まれていくのが見えた。
ひいふうみいよ、沈む太陽を数え、目を開いたまま今日も悪夢を見る。



≪センテッドゼラニウム:貴方あっての幸せ≫




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